【Jam's コラム】

studio Gran'JAM [What's NEW].


さてさて前回に続いて
ゲストは豊島先生です。

豊島先生は、
Steive Lukatherをこよなく愛する、
北の地で大活躍中のロックギタリストであります。
また同時に、教職の立場にあることを悪用し、
道徳の授業で「Eric Clapton」を取り上げ、
生徒達に人生を語ってしまうという、
とってもおちゃめでファンキーな中学狂師・・いやいや、
中学教師でなのであります。

今回は、そんな彼とD.Cとの

BluesとEricClaptonについての雑談 vol.U

をお送りします。

これを読んで異論反論オブジェクションのある方は
どうぞ遠慮なくメールくださいね。


BluesとEricClaptonについての雑談 vol.T


EricClaptonとBlues

D.C:

それじゃぁ
ECはBLUESミュージシャンとしてみたらどう?
ECは、今やロックミュージシャンとは言えないとしたら、ECはブルースミュージシャンといえるのかな?

豊島:

ECは、本物のBluesミュージシャンだよ。


D.C:

本物??? ・・・ってところがちがう感じかな?

確かに、ECはブルース系の雑誌やらに表紙としてよく載っていたりして、なんか広告塔のように扱われているけど、それは世界で最も高名なブルース系のミュージシャンであるからで、判りやすいからだと思うよ。

もともとブルースはもっと心情的なもの、
感情的なものでしょ。
彼を最高のブルースマンと呼ぶ人が何人かいて、その何人が、本当のブルースを知っているのだろうか?

少なからず彼には本物のBluesManという称号は与えられないンじゃないかな?


豊島:

Bluesギタリストとは言えないかも知れないけど・・・。
それじゃBluesって、
12小節のあの音楽形態を言うんじゃないよね。


D.C:

そんな・・・シロウトのようなことを言わないでヨ。。。


豊島:

Bluesって間違えば宗教だモン。


D.C:

それもちょっとちがうよ。かいかぶりすぎだね。


豊島:

「人生なんてたかが知れてんだろ!」
Bluesってそんなものでしょ?


D.C:

うーーん


豊島:

あるミュージシャンがこんなこと言ってる。
「Bluesを見た者はいない。でも確かに忍び寄って来るんだ。」
実態はないんだよね。

ドラッグ浸り、酒浸り...。
色々なトラブルの中で、Claptonを支えた物は、紛れもない、小さい頃に熱中して行くうちに自然に身に付いたBluesなんだよね。
そんな彼は、何をやってもBluesだと思うんだよなあ。


D.C:

うーーん。


豊島:

Tears in heavenの生まれた背景には、Bluesが色濃くあると思うんだけど。


D.C:

確かに、Bluesがベースにありますね。


豊島:

笑われるのかも知れないけど、ランディー・ニューマンっていう、白人のアメリカ人がいて、その人の曲に、Bluesっていうのがあるんですね。
曲調は、もろポップ。
でも、歌詞は切ないんだなあ。
Bluesって曲名だからBluesなのだっていえば、余りにも短絡的すぎるけど、やっぱり表現したいこと、というか、そうした思いを曲にする行為自体がBluesなんじゃないかと...。


D.C:

そうなんだよね。それだけがBluesであり、逆にそれ以外はBluesではないんだ。
その行為ってもんが、つまり人間性であり、その生存性であり、人生である。
それをダイレクトに表現できるのがBluesなんじゃないかと。

貧乏でもブルジョアでもその人間が見えるようなものがBLUESであって、ポジティブでもネガティブでもジョークでもいいんだ。

最近のECにはそれが感じられないんだよね。

なんかもう、「何かを音楽で表現しよう」って気はなくなってんじゃないかね。
そこそこで引退して、ドラッグのリハビリ施設の運営に本腰入れるって噂もあるし。


豊島:

あえて書いちゃうね。
MilesDavisでもJohnColtraneでもいいけど、JAZZミュージシャンの取り上げるBluesってたくさんあるでしょ?
そうしたBluesを柳生は、本物と見ないわけ?


D.C:

んーーーっと。
それは・・・
Bluesって言葉に惑わされているってことになるのかな?

それじゃ、ここでお勉強ね。

JAZZでいうところのBluesとは演奏形態のことで、あくまで<コード進行>のことをいうのだよ。
また、一般的に言うブルース:Blues(もしくはブルースっぽい、ブルージーな、とか・・)は、進行もしくはブルーノートを使用するメロディとその雰囲気を指しているんだろうと思う。

雰囲気ってのは、そう・・例えば淡谷のり子の曲なんかで、フツーのマイナー進行にマイナースケールのメロディーで、ブルースじゃないンだけど、詞と歌い方の醸し出す雰囲気で、Bluesって言うようなこと。

一般的なポピュラー楽典の話をすると、例えばC(メジャー)のコードで、E♭やG♭、B♭などは使用できないことになっている。
これを使用するためには、トニックコードではなくて、ドミナントコードの扱いにすることで可能となるンだけど、そうするとそのコードは、理論的にドミナント→トニックとなるFに解決しなければならなくなる。この場合、テンション的には、C7(+9−13)もしくはC7(−5)となるです。

また、ポピュラー音楽でトニックを7th系コードとして、ブルーノートを使用することもあるけど、これはあくまでブルース風のアレンジの施されたポピュラー音楽であり、これをBluesとはいいませんよね。

そもそもJAZZやROCKは、Bluesから発生した形態であり、ある意味では(ブルーノートを使うという意味合いでは)jazzやrockは全てBluesといえるし、彼らはみなブルースミュージシャンとすることもできる。だけどJazzミュージシャンがBluesをやっても、かれらはJazz的解釈でBluesを展開しているだけで、あくまでJAZZ-MAN(その定義はそのうちまた)で、決してBlues-Manではない。彼らのBluesはJAZZの形式でのものであり、それは本物もうそもなくJAZZなんです。


豊島:

JAZZミュージシャンが扱うブルースだよね。
そのフォーマットに乗って、彼らが表そうとしているのは、
まさに自分自身のBluesではないかってこと。
Blues的解釈っていうけど、
そこにはやっぱりbluesの持つ意味がはいってくるんじゃないかな。
そういう意味でね。
Bluesってそういう見方をすれば、
やっぱり音楽の形態そのものを指しているんだよなあ。


D.C:

ひとつ確認しておきたいのは、そこいらへんの議論ではなく、SPIRIT(精神)としてのBluesを本当に表現できるBlues-manが「本物の」Blues-manである筈でしょ?


豊島:

例えば、ばりばりのBluesミュージシャンっていうのも存在するよね。B.B.Kingとかの別格は抜きにして、彼らの待遇って今でもやっぱり最低でしょ。


D.C:

やっぱし、人種差別とかも関係ありそうだね。
ECはWhiteでしょ?
・・あ、気が付いたけど、ECをBlue=manとして認めないって風潮には、逆の人種差別もあるかもしれないね。


豊島:

そういう、マイナーの黒人Blue-Manなんかだと、インタビューでも後ろ向きな発言が多いんだよね。
こうした人たちを、本物のBluesミュージシャンの姿として認められるのかな?


D.C:

・・ってーーか、それがBluesなんだって!

オレに言わせりゃ、つまりそれがBluesをわかってないンじゃないか? ってこと。

Bluesってさ、もとはゴスペルや、もっともどると綿畑の奴隷達の歌っていたものがルーツだって事ぐらい知ってるでしょ。

「あー仕事は大変だ」とか「アフリカにもどりてーー」とか、それとは別に、意味もなくただ陽気なだけのものだったりするのね。

Stomy mondayってスタンダードがあるけど知ってる?
これは「あー明日は月曜で働かなきゃいけねー、やだなーー」って歌っている。
Bluesを語るのは、特に我々日本人には難しいことなのかも知れないし、奴隷の気持ちもわからないけど、共通する感情ってあるじゃない。
「あー明日はテストやだなー」とか。それは現実全然危機感の異なったものではあるんだけど、Bluesを媒介することで共有出来ちゃう。

それじゃ。
Bluesをあえて定義するとすると。

BLUES = 生活

なんじゃないかと思うよ。

つまり、喜びや苦しみや快楽や痛み、生きることすべてにBluesがある。それを表現できなかったり、聞き手が感じられなかったり消化できないとすると、それはBluesじゃないんだ。

だからネガティブで被害妄想っぽい発言するような<黒人>のミュージシャンが、Bluesしか出来なかったり、自分のギターしか弾けなかったり、コードだって知らない、だけど彼らが<本物>のBlues-manであるかどうかは、音を聞けば判るってことじゃないかな。


豊島:

未だにひねくれてるBluesミュージシャンの姿生き方そのものがまさにBluesだって言っちゃう?・・・
だけど!プロのミュージシャンである限り、
建設的な意見を持っても良いのでは?
ということを言いたいんだよね。

D.C:

まあ
Bluesなんてのは、そんな風に思っているほどあり難いものではないと思うし、もっと土臭くて<リアル>なものなんじゃないかな・・と。
それを聞いたオレ達は、なんにも判らないけどそれなりに、例えばチョーキングなんかのフレーズでこう・・わーーーって。なにかを感じるんだろ。

それがカッコイイし、Bluesだと思うし、だからこそBluesが好きなんだな。

豊島:

Bluesって土臭い物だし、Bluesの誕生は一応知ってる。
でね、考えてみてよ。
Stormy Monday でも、Loan me a dime
でもなんでもいい、そんな曲を
「悲しいんだよお、つらいんだよお」っていうだけで歌っているのだろうか?

悲しみをそのまま伝えるっていうのも確かにあるのかも知れない。
「俺が世界で一番不幸だ!」って主張したいときってあるもんね。
でも、音楽する事によって、その苦しみや悲しみから逃げることなく、生きていこうっていう、前向きな表れなんじゃないのかなあ。
「おれはつらい」って、舞台の上で歌えば、
聴衆は「こいつもつらいのか!つらいのはおれだけじゃねえや」
って、共感して勇気をもらうんじゃないのかなあ。

D.C:

うーーん。
それって結構、日本のフォーク的なものの考え方で、音楽にメッセージを求めているってことなんじゃないだろうかね。
こう・・なにかを得たいっていうか、教えてっていうかさ。

BLUESはメッセージじゃない。
つまり、ブルースってのは
「悲しいんだよお、つらいんだよお」
って歌ってたら、それはまさにそれだけのものなんですよ。

ホントに辛くって訴えていても、
逆にマゾ的に辛くて気持ち良いんだよ--とか、
こんなつらい奴がいるけど俺は違うぜーっていったとしてもそんなこたぁどうでもいいんだよ。

ただ「つらいんだよお」って歌っただけ。
それはそのBlues-manが歌いたかったからってだけ。
そういうモンなんじゃないでしょうかね。

だからそこから勇気を貰いたきゃ貰えばいいし、ばかにするならそれでもいいし、関係ないとするならそれでもいい。

ただそこには、歌いたかったという事実と、
そう表現したBlues-Manの人生が見えるじゃない?
そこが感動的なんだよね。


豊島:

Bluesに限らない話なのかも知れないけど、メッセージ性ってBluesは強いと思うよ。
誰かに伝えたいとか、そうした物ではなくても、感情がダイレクトに出るでしょ?


D.C:
んーー。
そもそも、「メッセージ性」っていう事に関しての論点が違ってるのかも知れないね。
オレの言っているメッセージ性ってのは「HandInHand」のようなことを指しているんだけどなー。


豊島:

んーー、でもECのやっている音楽は
Bluesではないのかも知れない。

でも、その根底はやっぱりbluesなんだと思うなー。

でもでも(あーややこしい!)、ECのギターって、
やっぱりどこまで行ってもBluesギターなんだよ!
もちろんファンクっぽいやつとか、
いろんな要素が入っているけど、
どこまで行っても基本はBluesなんだよね。


D.C:
んーー。
そういうる意味では、ECは、Bluesでしかあり得ないって事にもなるかもしれないね。

豊島:
あ、でも、上京して柳生の所行って、
「久しぶり!ギターでも弾きますか」
「Bluesやっか!」
と言ったら、やっぱり、
「んじゃkeyはEね」
とかって会話になっちゃって、それで全てがOK!
なんだろうな。
そういう意味では、Bluesって言葉は便利。


D.C:

偉大な先人達の残した大いなる遺産ってやつだね。

(つづく)


BluesとEricClaptonについての雑談 vol.V


当コラムに対する、ご意見・ご苦情・なんでも
是非是非 送ってください。

eMAIL form

よろぴく!

HOMEへ戻る]

[ Home | What's NEW | JAM | Equipment | RAZiO-MAMA | Dtm school | eMAIL ]