PAKUりについてvol.T
PAKUりについてvol.U
PAKUりについてvol.V
パクリについて(その2)[著作権とは?]
著作権っていうのも難しいですよね。
結局これは早いもの勝ちの世界で、
絶対的に公平なものかというと疑問ですよね。
早い者勝ちってのは、作ったのが先って事じゃなくて、協会に登録されたのが先な方が勝ちってことでしょう。
つまり発表できないアマチュアは不利で、いつでも登録できる業界の人は有利になっちゃう。
それに、
登録された全てのメロディに完全なオリジナリティがあり得る筈がなくて、それを盗作したかどうかなんて、
結局主観でしか判断できないンじゃないかと思うですよ。
少なくとも誰かさんみたいに
パーセンテージでは判断しないでしょう?。
「ドレミファソラシド」ってメロディがあったとして、
このメロディに著作権は発生するか、しないかなんて
ナンセンスな問題でしょ。
「あーそりゃオレのフレーズだっ!!」って言う奴がいたら馬鹿みたいでしょ。そしたら別の人が・・ンじゃオレは「ドッ・・レミファソラシド」ってちょっと跳ねさせてるから違うフレーズだ・・とか。それは90パーセント一緒だから盗作だ・・とか。
なんか馬鹿馬鹿しいけど、極論になるとそうなってしまいますよね。
著作権って、
本当は創作者の利益を守るというのが大前提で、
我々クリエーターはこれがしっかりしていないと商売にならない。
勿論そんな状態では新しいアートだって生まれるかどうかだって判らないですよね。
そもそも亜星さんも、JASRACとは関係の深い方みたいなんですから、もっと慎重に行動して貰いたいものですよね。
「今の歌謡界って、パクリおーくない?(こぎゃる風に)」
って話よく聞きますよね。
でもポピュラー音楽に関して言えば、ある意味仕方のないことというか、そこには大きな壁ってのがあるんですよね。
いわゆるポピュラー音楽っていうと、
ロックや歌謡曲、演歌とか。
これらはある種、気持ちのイイ展開をしなければならないっていうシガラミがあって、耳に馴染むというか、入ってくることで、大衆性(ヒット)をするということが命題になってしまう。
それじゃないと意味がないんです。
そうしていくと、コード進行だってパターン化してきてしまうし(ツゥーファイブや3コードの鉄則)、そこに乗るメロディだって似たようなものになってきてしまうんです。
もちろん、そんな中でもイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」みたいに画期的なコード進行(逆進行とでもいうのかな)を使用しているにも関わらず、ポピュラリティを維持し、かつ強烈なオリジナリティをアピールできるものもあります。
まぁ、それでもそのコード進行からなる雰囲気が新鮮なだけで、
メロディ自体は結構コンサバティブだったりしますけど、
それでもこの曲は革新的だったと思います。
ロックであれば、とりあえずロックっぽくすると、やっぱり8ビート(エイトビート:これは和製単語で外国じゃ通用しないらしいので注意)になっちゃうし、ストレートさを表現するには、乗っかるメロディだってルート音を中心としたものになってしまいます。
だから歌詞やアレンジ、ヴォーカリストやバンドの個性などでオリジナリティを出していくことになるんですけど、実際ロックの名曲なんかでも、歌のないインスト・バージョンにすると、結構区別が付かなくなってしまいます。(ギター・リフとかを除けばね)
そうなってくると、作り手側はアレンジに工夫してみたり、サウンドに工夫してみたりすることでオリジナリティを出そうと試行錯誤します。例えば、目新しいリズムを導入することによって、新しいムーブメントが起こったりします。昨今のR&Bのブームや、レゲエのブームや、ちょっと前の「ジャングル」「ドラムンベース」なんていうジャンルもそうですよね。
そこで、最初の話「今の歌謡界パクリおーくない?(こぎゃる風)」に戻りますけど、そう言っている人たちのほとんどが、いわゆるアレンジのパクリについて気がついているってことなんですね。
それがパッと聞いたときに判りやすいからなんですけど。
例えば昨今のモーニング娘(つんく)のパクリ?
から言うと「恋のダンスサイト」では「ジンギスカン」の<掛け声>とその雰囲気をパクッているし、
前の「LOVEマシーン」では「ビーナス」のリズムをまんまパクってます。
ちょうど「ビーナス」が木村拓也のCMに使われた直後だったので、あんまりにも安易だなと思いましたね。
その後「笑う犬の生活」ってTV番組でもテーマ曲に使ってるみたいで、みなさん芸がないですね。
まぁ、でもこれはパクりというよりは、シャレってつもりなんでしょうけどね。
ビートルズが「ストロベリー・フィールズ」で始めて使ったテープ逆回転の手法もよく使われています。
ドリカム、チャラ、オアシスの新曲など。
これを使うとみんな「ストロベリー・・」な感じになってしまうのですが、独特の雰囲気になるので結構使われます。
これがパクリかどうかは、また別の議論になるでしょうが、そういう手法的な部分から言ってもビートルズの音楽はポピュラー音楽界にとっては革命だったのですね。
ビートルズといえば、奥田民夫系(パフィでのアレンジを含む)や多くの人にいろんなところをパクられています。
なんでもない曲でも、ビートルズっぽくするとなんかイイ感じになってしまったりしますので、困ったものです。
あ、でも奥田民夫はヴォーカルの個性が強いので、そんなこともあまり気になりませんけどね。
そいういえばちょっと前に、イエローモンキーの曲でも、ポリスのキメをパクってた奴もありましたね。
日本の歌謡界では、最近始まったわけじゃなく昔からよく洋楽のパクリは結構平気でやられていましたね。
ほら、今ほど洋楽を聞く人がいなかったのでパクリやすかったんですよ。気が付かれないというかね。・・きっとね。
韓国なんかだと日本の音楽禁止なので、ガンガン日本の歌謡曲のパクリが横行しているみたいですよね。
それがほとんど、原曲そのままって感じで、酷い物らしいですよ。
そういうものに近いノリが昔の日本でもあったんじゃないかと思いますよ。
よくパクられていたのは、ビートルズは勿論、ピータ・ポール&マリー、サイモン&ガーファンクルとかね。
ちょっと新しくなるけど、中森明菜の「禁区」だったけな、中間分にイエスの「ロンリー・ハート」をそのまま使っていましたね。
あれはシャレだったんでしょうか?
まぁそうじゃなきゃ全然シャレになりませんけど。
鈴木雅彦と鈴木清美の「ロンリー・チャップリン」だってホイットニー・ヒューストンの「Take
Good Care Of My Heart」のひどいパクリだったでしょ?。
あれはアレンジとかって問題じゃなくて、なんかイイ所だけパクって知らんフリ・・みたいなヤナ感じでしたね。
あれ聞いたら、ナラダ・マイケル・ウォルデン(プロデューサー)だって怒るっちゅねん。
でも、そこら辺のアレンジのパクリってのは、正直なところパクリとしてしまうには、我々アレンジャーから言わせてもらうと、少々キツイものがありますね。
(でもロンリー・チャップリンは弁護しませんけど・・。)
アレンジする時のやり方として、なになに風の原曲に対して、なになに風のアレンジをするという所で、オリジナリティーを出すというところが大きくありますからね。
悪い言い方すると組み合わせ・・って言いますかね?
あまり凝っていろんな事をやっても、コストの問題やら、ポピュラリティーの問題やらで意味がなくなってしまうというのはありますよね。
あんまりマニアックだと、プログレッシブ・ロックや前衛音楽みたいになってしまうでしょ。
そういう意味だと、ここ40年のポピュラー音楽の歴史の中で、めぼしいアレンジ手法は、一通り試されて来ているんだと思うんですよね。
先ほど述べた8ビートのような、完璧なリズムってのがベースあって、その呪縛からはポピュラー音楽は逃れることはできないし、そのなかでプデュースやアレンジで、どのようにしてトレンドを形成していくかというところで勝負していくしかないンですかね。
(つづく)
当コラムに対する、ご意見・ご苦情・なんでも
是非是非 送ってください。
eMAIL form
よろぴく!
 |